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よそ行きのべべ 

                                    
 縁あって、ピンク・リボンの記事を書かせてもらうことになった。
中身はいつもといっしょなのだけど、フォーマル・ウェアーを着た文章だ。悪ノリは編集で削られて、優等生が書いたようで、夫にも気持ち悪がられている。よろしかったら、御笑読ください。

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乳がんがくれたもの

私は3年前の9月に、48才で乳がんの手術をしました。ステージはⅡ~Ⅲ期でした。右乳房と右腋窩リンパ腺を全摘出手術しました。地域の健康診断をずっと受けていたのに、42才から5年間受けずにいたら、47才で乳がんが見つかりました。この5年間のブランクは悔やまれてなりません。今も抗ホルモン療法を続けていますが、無事3年目を迎え、元気に過ごさせていただいています。

入院は一ヶ月でした。その間に、やはり乳がんの抗がん剤治療で入院している30代前半の女性と知り合いました。彼女は、ヒップ・ホップ・ダンスを習っていて、抗がん剤の副作用で髪の毛が脱毛しても、スタジオに通っていたそうです。あるとき頭に巻いたバンダナが踊っている最中に飛んでいってしまったそうです。そのままスキン・ヘッド姿で踊っていると「むっちゃ上手くなったような気がしてん。こんなことってあるんやね」と笑います。彼女の前向きな姿勢に力をもらいました。
この一ヶ月の入院はいろんなことを考えるきっかけになりました。私は、いったい何がしたいのだろうとも思いました。
わかりきっていたこととはいえ、限られた時間を生きているのだと思いました。
「今、しかない」そんな気持ちになりました。
退院して「いつか」と先送りにしていることをひとつずつ実現していこうと思いました。
毎年、年賀状に「今年こそは会いましょう」と添え書きしながら、10年以上会っていなかった友人に連絡をとったり、母と旅行に行ったり、そんなことから始めました。
社会に出て、また働きたいと気持ちもずっと持っていました。「子どもが大きくなったら」「落ち着いたら」と、それも先送りにしていました。
49才で、郵便局に勤め始めました。初めての職種だったので、不安もありましたが、窓口でお客さまとお話させていただくのが楽しくて、やりがいを感じています。片思いですが、天職ではないかと思ったりもしています。未熟なことも多いのですが、お客さまと職場の人々に支えていただいて、毎日働いています。
50才のとき、思い切ってフラメンコもやってみようと思いました。そして、今年から習い始めました。5月に、たまたま私の教室に、○○○が取材に来られました。
そのとき「どうしてフラメンコを習い始めたのですか?」というようなことを聞かれました。
私は「20代のころからフラメンコに憧れていて、いつか、やりたいと思っているうちに50才になってしまいました。今やらなければいつまでたってもできないだろうと思って始めました」とお答えしたことを思い出します。
そして、私たちの記事が載った○○○の発行日が、6月9日で私の51才の誕生日でした。
なにか励ましていただいているような気がしました。
私にはもうひとつ好きことがありました。子どもの頃から、文章を書くことが好きでした。
フラメンコの取材で来てくださったのが御縁で、今回文章を書かせていただくことになるなんて夢にも思っていませんでした。乳がんにならなければ、郵便局で働くことも、フラメンコも習っていなかったし、文章を書くこともなかったでしょう。
 
病気にはならないに越したことはありません。
でも、もしなってしまったとしても、あきらめないでください。
人生にとってちがう展開が待っているかもしれません。
おそらく私は、乳がんにならなければ、時間を意識せず、何も始めていなかったと思います。

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