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人生の冷たい仕打ちに仕返しができるのは愛情だけだ 

2008年11月、リュックを背負って、ひとりで国境を飛び立った大森れいさん。一年半あまり、エルサルバドルや中南米の国で働いて暮らしたという。
2009年秋にエルサルバドルで二十歳をむかえた。そんなれいさんの文章を読んだ。大阪、釜ヶ崎での夏祭りのことが書かれていた。
「・・・ 最後の夜、“わて釜”の中野マリ子さんがステージの上に立ち、話された言葉が今も心の中から離れない。『人生の冷たい仕打ちに仕返しができるのは愛情だけだ』
その時私は思った。この祭りは本物だ。この祭りが大好きだ。どこの祭りより人間らしくて、みんなが仲間だ。釜の労働者たちがやぐらを囲み、マリ子さんの言葉に答えるようにうなづく。・・・」
(大森れい/『自給自足の山里から 第139回 愛情が沸き出る“日本じゃない世界”』より)

30年前にジョン・レノンが射殺されたあと、オノ・ヨーコさんが世界各国の有力新聞の1ページを買い取って、暴力を追放し平和を求めるメッセージ発表した。『人生の冷たい仕打ちに仕返しができるのは愛情だけだ』そのものだった。


マリ子さんに電話した。
「読みましたよ。『人生の冷たい仕打ちに仕返しができるのは愛情だけだ』ってすごい言葉ですね」
「すごいだろー。でも、私の言葉じゃないよ。どこかで、拾ってきたんだよ」
「でも、感性っていうか、センサーがないと、落っこちててもわかんないですよ」
「アッハハハハ。うれしいよ。ありがとう」

人生に絶望し果て、その怒りを人に、自分に向けようとしている人が、救われる言葉。
無差別殺人、自殺、もしかしたら・・・もしかしたら、思いとどまれる瞬間があるかもしれない。抜け出せない轍から、ちがう世界へ目を向けることができるかもしれない。子どもに振り上げた手を、下ろすことができるかもしれない。この言葉には、そんな力があるような気がする。
誰かが、この紙面でお弁当を包んでいて、お昼休みに開けたら、飛んでいって、しんどい人の足元に落ちる。読む気なんかないのに、一行だけ飛び込んでくる。『人生の冷たい仕打ちに仕返しができるのは愛情だけだ』何が変わるわけでもないが、ひょっとしたら、自分も人も捨てたもんじゃないかもしれない。何の確信もないけど、そんな気になる。そんなことがあるといいのに。この言葉を伝えたい、必要な人に。私が救ってもらったお返しに。

今日は大晦日。ここ名張では、昨夜からの雪が積もっている。
今年も“わて釜”は、越冬パトロール中に新しい年を迎える。


(*注)
“わて釜”、“わてらと釜ヶ崎”の略称。釜ヶ崎で女性たちが中心となって
野宿者を支援する活動しているグループ。

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コメント

すてきな言葉です

はじめまして。昨日届いた「大人育ち」(わて釜)の通信でこの記事を読み、検索でここへたどり着きました。
『人生の冷たい仕打ちに仕返しができるのは愛情だけだ』、私がテーマにしようとしていることと見事に重なってます。謎が解けた思いです。
この言葉、私のブログ記事に使わせてくださいね。また、この記事を私の記事の中で紹介させていただいていいですか。
マリ子さんや「わて釜」の仲間たちとは、私は20年来の付き合いです。今は、春の「マリ子展」で会うくらいですが。
これからもよろしくお願いします。

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