「アーーッ」 

 30年前の北アルプス、キャンプ場。山岳部の新人、勝眞奈美は2回目の山行き、飯当番のためにテントを出た。午前三時。
 「アーーッ」 ドタッ
 「またや、テントロープにひっかかって、こけよった」 テントから苦笑がもれた。
「真夜中の 飯場にとどろく 勝の『アーーッ』 〈北穂高絶叫〉」 これには爆笑が起こった。

「〈北穂高絶叫〉は傑作やけど、オレの青春けがされるなぁ」 「何でやのん?」 「オレも高三のとき、穂高縦走した」 「えーっ?」 「学校さぼって山行き。きっかけは北大路欣也と星由里子の山岳恋愛映画【北穂高絶唱】」 「くっさー」 「あのときの星由里子、可愛かったんや」

「アーーッ」 畑から聞こえた。大方、最後のズッキーニが鹿にでもやられたんだろう。
「アーーッ」 「こんどは何しでかしたんや?」 「キャップが取れて胡椒がパスタに・・・」
「『アーーッ』の聞こえん日はないな、カラスの鳴かん日はあっても」 「・・・」 「ツエ村の 谷間にとどろく 眞奈美の『アーーッ』」 「くぅー」 「ところで、こんな小咄、知ってるか? マティーニのドライ比べ」

マティーニ・カクテルの標準レシピはジン3対ベルモット1の割合であったが、そんな甘ったるいものを男が飲めるか、と男たちがドライ比べに血道を上げるようになった。だんだんとジンの割合を競うようになり15:1が登場、果てはベルモット1滴の中にジンを注ぎ込むものまで出現した。
007の撮影を終えたショーン・コネリーがバーテンにエクストラ・ドライ・マティーニを注文した。
「グラスを、ベルモットの瓶も」 ショーン・コネリーはベルモットの蓋のコルクをマティーニ・グラスに軽くすりつけ「ジンを注いでくれ」
チャ−チルがやって来て、コネリーの横に座った。「ドライ・マティーニ」
バーテンはチャ−チルの前にグラスを置きジンを注いだ。チャ−チルは棚のベルモットに一瞥をくれて、ジンだけのグラスに口をつけた。
「何や、よう分からん話やわね。どう、関係あんのん?」 「いや、まー、男はじたばたしたらあかん、というか、そんなもんやねん」 「ますます分からんわ」 「ほな、言わせてもらいまっさ。男がちんまいことでアーアー叫んだらみっともないやろ」 「まあな。ところで、ジョーさんもドライ・マティーニ飲むん?」 「あー、オレはドライもドライ、ベルモットのベの字もない」 「?」
居酒屋で出来上がったJOEは立ち飲みバーに繰り込んだ。「ドライなやつ」 「ドライ・マティーニですか」 「甘い」 「エクストラ・ドライで作りましょうか」 「それでも甘い」 「何にいたしましょう」 「ジン・ウォッカ」 「そんなのはありませんが」 「ジンとウォッカ、半々で」
「チャップリンの【独裁者】みたいな話やんか」 今度は私が「?」 「だって、男同士のしょーもない背比べやん。映画の中に、床屋で隣り合ったヒトラーとムッソリーニが相手を見下ろそうと椅子の高さを上げっこするシーンがあったやん」 「そやから、これは小咄やねん。落語のまくら」 
「わたし、落語キライ!」 「何で?」 「はっつあんやくまさんをいじめてるみたいやんか」
どうやら、落語の笑いはカミサンには解してもらえないようだ。この小咄は男のアホさ加減を笑ったもの、かわいらしさと取ってもらいたいのだが、それよりも題材自体が逆鱗に触れたのかな。
カミサンはいわゆる男意識的なことには手きびしい。幼かった楽(息子)にこう言った。
「男でも悲しかったら泣いたらええねん。男やからってガマンなんかせんでもええねん」

「アーッ」 「何やのん、びっくりするやん、心臓に悪いやん」 「『左のタイヤが崖ぎりぎりでしてん。もう少しで真っ逆さまですよ』 悠長にこんな説明できるかいな」 「しやけど・・・」
「いえいえ、こんな時こそオタクの得意技『アーーッ』がふさわしい」

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