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チャイカップ 

   ツエ村から   「チャイカップ」       上田隆
 
 〈土〉を含む語句を調べてみた。〈風土〉この言葉は好きだ。以前、【わが風土抄】(川崎彰彦著、1975年 編集工房ノア刊)を読んだ。夢を題材にした短編集だった。陰影の深い味わいの中にエロティシズムを感じ、川崎さんの言葉感覚にうなった。それから、〈風土〉のイメージが深まった。
― 私は、女を冬濤から守るために、しっかりと抱きすくめていた。すると女のからだが私のからだに融け入ってくるような感じがした。女はぬっぺりとイカの剥き身のような裸身になっていた。力いっぱい抱きしめると、ぐんわりのけぞって、からだじゅうから塩水をしたたらせた。私は舌を這わせて、それを口に受けた。 ―       
 【わが風土抄】中〔冬濤〕より一節を引用。

 一方、私の風土の根っこは北陸にある。私は大阪生まれだが、両親一族は北陸の百姓。北陸気質は良く言えば我慢強いのだろうが、暗い気質と言わざるを得ない。冬に陽が射すことはほとんどない。雪がやんだとしても鉛色の空が長い。貧しい百姓はじっと冬に耐えるしかなかったろう。そんな気候風土がもたらした暗さが私の中にもある。若い頃はもっともっと暗かったので自分の中に流れる北陸の血が嫌いだった。近親憎悪めいた感情。〈風土〉にはロマンも感じるし、北にこそふさわしい言葉だとおもうが、この感情からか、南にあこがれをもっている。
 それにしても〈土〉の字には、どうも差別がついてまわる。大辞泉を引くと
・土蜘蛛(つちぐも)
1 ジグモの別名。 2 古代、大和朝廷の命に従わず、異民族視された辺境の民の称。
・土戸(どこ)
平安時代、京洛の外部の農民。京都の内に住むものを京戸というのに対する。
〈土〉の字のつくものは一段下の蔑称として多用されている。他の例を引用しだすときりが無い。
しかし、人様のことをエラそうに言う資格は私にはないことを白状する。ガキの口喧嘩で土人を連発したし、土器なんて古臭く後れたもの、つづく青銅器、鉄器文明が進化であり、現代・未来こそが好ましいと思っていた。
だが、土器のすばらしさを教えてくれたのがインドのチャイカップだった。チャイはインドのスパイス入りミルクティー。庶民が屋台で飲むときに素焼きのカップに入れられる。口をつけるとかすかに土の味がする焼きのあまい土器だ。口についたものを不浄とするインドでは飲み終えると景気よく地面へたたきつける。心配ご無用、踏まれ雨に打たれて土に戻っていく。また、土器の水がめは天然の冷水器なのだ。土器の中の微細な穴を通って水が表面にしみ出し、蒸発するときに気化熱を奪う。エネルギーを使う電気冷水器とどっちが進んでいるのだろう。これもエラそうなこと、言えまへんね。うちも冷蔵庫は使っています。
13年ほど前、久しぶりにポンに会った。四度目のインドから帰ってきた。
「JOE、インドのチャイカップ、無くなりつつあるよ」
「えーっ、じゃー何で飲んでるんや?」
「プラスティック。さすがのインドにも資本の論理だ。工業製品のほうが安くなった」
「究極のリサイクル、やきもん屋の明日の仕事にもなるのにな。いよいよ地球から土器文化が消えるんや」
「土から生まれ、土に返る。哲学的存在だったのにな。しかし、インドを悪く言えない。輸出したのはオレたちだ」
 最後の言葉、反物質文明の立場をとるヒッピーの親玉ポンの視点が印象に残った。
 今年、ポンに会ったら
 「JOE、チャイカップが復活しているそうだ。プラスティックのゴミだらけで、これはいかんと考え直したらしい」
 さすがにインドの復元力だ。日本の報道ではIT産業、市場化など経済側面しか伝わってこないが、どっこいインドには哲学が生きている。

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